コステロ 大好き

エルヴィス・コステロ Elvis・CostelloのBrutal・Youthを中古で買いました。
なかなか手に入らなかったのでラッキーです。でも、
こんなにパワフルでかっこいいアルバムが日本盤は廃盤なんて
信じられません。米rhinoからデラックスエディション

Brutal Youth (Bonus CD)

Brutal Youth (Bonus CD)

で発売されてはいますが、歌詞がわからないからダメです。1994年のアルバムですが、ジ・アトラクションズとニック・ロウ参加でコステロの初期の大ファンとしては嬉しい限りです。

ライナーから引用

かつてエディコクランは"カモンエブリバディ"と唄ったけれど、あれはティーンエージャー
でいることがいかに大変か唄ったものだが、状況は一変している。ロックンロールを聴いて育った連中というのは、自分が老いつつあること、そして、自分の子供達がロックンロール的
生き方を必ずしもエキサイティングだと思っていない事を認める事ができないんだよ

僕も自分がカウンターカルチャーや、消費文化としてのロックミュージックにはまった事を
忘れない。それが今の人からかっこわるく思われても。でも、今の日本のストリートミュージックがすっかり70年代フォーク的にアコギ持った若者が、地べたに座り込んだ女の子を前に愛みたいなものを唄っているのを見ると、僕はうろたえるんだよ。「何これって」思ってしまう。
「その限りない全肯定は何?」

人生というのはまるっきり容赦ないもので、全部クソでしかなくて、自分の生きているこれっぽちの部分も救いのないようなもの・・・でも、自分の必要とするものはそこに全てあるんだって

ロックミュージックが現状への否定から生まれるのでなく、限りない全肯定から生まれるなら、悩む事も、世界を作る事も、自同律に不快になる事も、そして世界を相対化出来ないために、自由であることが何か解らないので、自由になることすら出来ない。だからロック的生き方をするなら救いがなくてもクソの方を選ぶのだ。何かから自由になる為に、あーあ、誰も認めてくれないだろうな〜