音楽の聴き方を教えてくれたアルバム

 なんか、マジなタイトルですが、今日はちょっと真剣めに書いてみます。僕は音楽が好きです。もし、音楽が無ければ、生きていてかどうか?と思うくらいです。人間には、空気と水と食料が必要ですが、僕にとっては、音楽はそういう人間の構成要素の一つとも思っています。大げさですが、ベートーベンみたいに、難聴になり、全く音楽が聴けなくなってしまったら、まず、自殺を考えるでしょう。そうでなければ、難聴なので音楽は耳で聞けないと、今迄聴いてきた音楽を脳内で鳴らす為に、必死になり精神が病んでしまうでしょう。そんな僕ですが、自戒を込めて聴く音楽があります。本当はもっと後に書くつもりだったのですが、思うところがあり、今日書きます。
 若い頃、好きな女の子がいました。それで下心いっぱいに、いけてる感じのブラックミュージックだし、きっとこの恋もうまくいくぞと思い、僕は、これがどんなアルバムか知らずに雰囲気だけは知っていたので選び、彼女に贈り、話をしなければいけないので自分も買いました。モータウンの廉価盤のCDで、食事を2人でするぐらいの値段で買えました。普通の人には、ここからが驚くべきことなのですが、そんな下心たっぷりのこのアルバムを彼女に聴いてどうだったと感想を聞く為に聴いていたのですが、感動して泣いてしまったのです。19才の男が女の子より、このアルバムに熱中したなんて、にわかに信じがたいですが、僕にとっては、人生のターニングポイントみたいなものでした。普通の人なら、朝から晩まで、女の子のことを考えるのですが、なんと、僕はこのアルバムを、バイトしながらでも、大学の授業でも、銭湯に入っている時でも、ずっと考えていて、頭の中で鳴らして何もかも上の空のようでした。買ったのがCDなので、レコードみたく、磨り減るということは無かったのですが、今迄の人生で、一番聴いたアルバムです。当然ですが、こんな変な男にその女の子は惹かれることも、マトモに話す事もなく目の前から消えてしまったのですが、きっと真剣に付き合えば、素晴らしい女性だったかもしれませんが、そんなことはどうでも良くなったのです。

What's Going On

What's Going On

 そんな、罪なアルバムですが、何時聴いても、どんな時に聴いても、僕は素晴らしいと言いきれます。モータウンの代表作の一つであり、人類が作った音楽の中でも最良の部類に入ると思います。ホワッツ・ゴーイング・オンのイントロが始まると、耳の神経が集中してしまいます。あんなに、ポリフォニックなのに全てが調和しあって、それでも、ゲイのボーカルが、「母さん、なぜ多くのことがあんなにも多くの涙をながさせるのだい、ブラザーよ、何故あんなにも、バタバタと人が死んで行くんだい」と唄います。モータウンのファンクブラザー(ベースとドラム)は静かだけど、グルーブを湛えた演奏を持続させる。そして、あまりにも贅沢な、ストリングスは、ボーカルの合間を縫って旋律を奏で、そして、またポリフォニックなイントロがくり返される。この曲を作ったとき、マービン・ゲイは、モータウンらしからぬ音楽を作っている事に自覚的で、独裁者ベリーゴーディーJrに「こんな反体制てきなものは発売出来ない」と言われても、「モータウンが冷静になり、このシングルを発売するまでは、会社の為にはレコーディングしない」と言い放ち、ベリーゴーディーJrが、リリースしたとたん、非暴力と反戦のメッセージが人々の心を打ちヒットすると、「すぐさま、アルバムを作ってくれ。」と言わせるまでになり、ブラックミュージックがエンターテイメント的なものから、メッセージをもった自立出来る音楽へ成長した、奇跡のアルバムです。僕はいつもこのアルバムを聴く時は、無防備な状態にして耳をそばだて、音楽を聴こうとします。音楽を聴こうとする。それは、言葉で書くと簡単極まりないことですが、本当にしようとすると、難しいことです。思い出がよぎったりするし、こんなクールな音楽に酔う自分に酔ったりするかもしれない(僕がジャズスノッブが嫌いなのはそういる理由です)でも、僕だって本当に音楽を聴いていないかもしれない。全部を聴いていると思っている事はまやかしかもしれないとこのアルバムを聴くと思うのです。言ってしまえば、「音楽はそこにあると思っても空に消えてしまうもの、だけど、音楽を聴く為に、僕は音楽を聴くのだ」というネイキッドな音楽を聴くという最初の状態に戻してくれる、人生最良のアルバムです。なんかわかりにくいな?また、このアルバムの事は書きそう。というか書くだろうな。